(旧HP万葉カフェ1)2019年9月 寺尾 登志子

     大船に小舟引き添へ潜(かづ)くとも志賀の荒雄に潜き逢はめやも

                                                                                                     巻16・3869

 奈良時代、聖武天皇の神亀年間に、遠く五島列島最南の福江島、その最西「美禰良久(みねらく)」の岬から出船した白水郎(あま)の荒雄が、折からの暴風雨で遭難してしまいました。対馬に食料を運ぶ途上だったのですが、荒雄はお役所からその任務を正式に頼まれたわけではありません。彼の年老いた漁夫仲間が食料船の船頭(ふなおさ)に任じられたものの、「容姿衰老し海つ路に堪へ」ないと言って、長年の漁師仲間である荒雄に代役を頼んだのでした。

 働き盛りの荒雄は義侠心と友情から快く代役を引き受け、美禰良久の岬を後にします。ところが、海は一天にわかにかき曇り、激しい雨風に翻弄され追い風も得られずに沈没してしまうのです。

 残された荒雄の妻と子の悲しみは深く、無事帰ってくるのを祈りつつ何年も待ち侘びました。大黒柱を失って暮らし向きも苦しくなるばかりです。また、漁夫仲間、ことに荒雄に代任を頼んだ老夫の心中はいかばかりだったか。若者を死に追いやった老耄の自らを責める思いに苛まれたことでしょう。彼らは荒雄を悼む歌を歌い伝え、荒雄を主役とする連作の歌物語を詠唱していたようです。

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