(旧HP万葉カフェ2)2019年10月

  秋も深まり日本酒の恋しい季節です。サザエやアワビなど貝類は恰好のアテですが、「しただみ」という小さな巻き貝をご存じですか。能登半島の輪島ではスーパーでも売られており、山陰や北陸の日本海沿岸では今でもお馴染みの貝のようです。万葉集で謡われた「しただみ」をご紹介しましょう。


鹿島嶺の 机の島の しただみを い拾(ひり)ひ持ち来て 石もち つつき破り 早川に 洗ひ濯ぎ 辛塩に こごと揉み 高坏に盛り 机に立てて 母にあへつや 目豆児(めづこ)の刀自(とぢ) 父にあへつや 身女児(みめこ)の刀自       巻16・3880 


「鹿島嶺の机の島」とは、七尾の山並みからみた和倉沖の小島で、今でも机島と呼ばれる無人島があり、犬養孝による歌碑があります。「鹿島嶺近い机島のしただみを拾ってきて、石でつついて割り、早川でよく洗い、辛塩でゴシゴシ揉んで、高坏に盛り机の上に載せ、母さんにごちそうしたかな、きれいな若奥さん、父さんにごちそうしたかな、可愛い若奥さん。」

 今は茹でたり煮たりして食べますが、当時は塩を利かせた刺身で食したことがわかります。「目豆児」、「身女児」は女性の名で「好子」、「愛子」といったところでしょうか。「刀自」は一家の主婦、おかみさん的存在をいいます。両親に仕える若い奥さんに呼びかけるスタイルで謡われています。

 「母さん」の方が先にあるのは、当時の母系社会の反映でしょうか。万葉集の世界では、父より母の方が娘に対して強い権限を持っていました。母の目を盗んで恋をする若者の歌が載っています。

 この歌は最古の「わらべ歌」とみなされ、女児がままごとのように貝を拾い、見様見真似で大人の女たちの作法や慣わしを身に付ける歌だったと言われていますが、「わらべ歌」とすると、「刀自」と呼びかけているのが解せません。

 私は、海で暮らす女たちの労働歌だったのではないかと思うのです。中西進の『万葉集事典』に、「平城宮出土木簡による貢上食品」という興味深い資料があり、「しただみ」は備前国のリストに載っていました。また、『養老賦役令』では、「しただみ」を含む貝類が貢納品に指定されており、長屋王家木簡からも書かれたものが見つかっています。

 「しただみ」は磯で容易に採集できますが、親指の先ほどの小さい貝で、洗って剥き身にするのがさぞ手間取ったことでしょう。税として上納するため大量の「しただみ」が女たちの前に積まれ、彼女たちはこの歌を謡いながら作業に勤しんでいたのではないか、などと思いを広げたくなるのです。藁苞で荷造りされた塩漬けの剥き身が、平城京に運ばれ、都人の食卓を賑わせたのではないかと想像するのも楽しいものです。 


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