(旧HP万葉カフェ16)2021年1月

  笠女郎(かさのいらつめ)その六


激しい恋情を家持に訴えたあと、笠女郎はなぜ自分の思いが相手に通じないのかを省みようとしています。

・うつせみの 人目を繁み 石橋の 間近き君に 恋ひ渡るかも   巻四 597

「人目を繁み」とは「人目がうるさいので」、「石橋の」は川の浅瀬に置く飛び石のこと、ぽんぽんと飛んで渡れる近さから「間近き」の枕詞としました。佐保川ほとりの大伴邸には石橋があったのでしょうか。一首の中に、恋を遮る川のイメージが浮かびます。

〈世間の人の目が煩わしいので、川の石橋を飛べばすぐ近くにいるあなたなのに、ひたすら胸にお慕い続けているのです〉


家持がつれないのは世間の噂を怖れるから、こんなに近くにいながら会えないのも、きっと口さがない人々のせい、そんな風に自分たちの立場を納得しようとしています。けれども、納得できるはずもなく、次の歌。


・恋にもそ 人は死にする 水無瀬川(みなせがわ) 下ゆ我(あれ)痩す 月に日に異(け)に  598 

初句の「そ」は「ぞ」と同じ、強めです。「水無瀬川」は表面は枯れていても下に伏流水として流れる川のこと。「下」の枕詞で、うちに秘めた恋心のイメージが添えられます。「下ゆ」は「見えないところから」、「異に」は「ひどく」と訳します。

〈恋にだって人は死にもしますわ。水無瀬川のように表面からは見えないところで月日を追ってしだいにひどく、私は痩せ衰えています〉この歌で初めて、「恋」と「死」が結びつけられました。


・朝霧の おほに相見し 人ゆゑに 命死ぬべく 恋ひ渡るかも 599

「おほに」はほのかな様子を言い、「朝霧の」はその枕詞になっています。「相見し」は共寝のこと。「人ゆゑに」は、大海人皇子の「人妻ゆゑに我恋ひめやも」と同じく、逆説的な繋がりです。

〈朝霧のほのかさで結ばれた人なのに、忘れがたくそれゆえ死ぬほど激しく恋い続けています〉 


・伊勢の海の 磯もとどろに 寄する波 恐(かしこ)き人に恋ひ渡るかも 600 

「伊勢」が唐突に出てくるのは、皇祖神天照大神のいます畏れ多い地名として、上三句を「恐こき」の序詞にするためです。〈伊勢の海の磯を轟かせて寄せ来る波のように畏れ多い人に、私は恋いつづけていることです〉

この歌で、女郎は家持との身分の差を噛みしめています。「命しぬべく恋渡るかも」「恐き人に恋渡るかも」並ぶ二首の下の句から、恋のかなわぬ女郎の切ない本心を読みとることができると思います。


前回の四首が華麗に歌いあげた悲恋なら、今回は内面に目を向け恋の悲哀を見詰める女郎の姿が浮かびます。 

(寺尾 登志子)


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